下川町が60年以上、林業・林産業のトップランナーである理由
こんにちは。まちづくりノート編集部の立花実咲です。
わたしが暮らす北海道下川町は、面積がだいたい東京都23区と同じくらいです。
その90パーセントは森林に覆われています。
渋谷のスクランブル交差点は、多い時で一回の青信号で3,000人ほどが往来することもあるらしく、つまりそれは下川町の全人口とほぼ同じ。
新宿区も港区も文京区も杉並区も、下川町に置き換えると全部森で、渋谷のスクランブル交差点の一往復分に、全人口が集まっていると考えると、人口密度がどれくらい違うのかイメージできるでしょうか。
自然が豊かすぎて、もはや「周りに森があるのが普通」な下川町ですが、普通だからと言って放置しているわけではなく、しっかり恵みを活かす取り組みをしています。
現状、下川町では現役の8社9工場が稼働中。民間も行政も、森づくりに力を入れています。
その中でも先進的に行ってきたものの一つが、木のカスケード利用です。
使えないものはない!「カスケード利用」で稼ぐ
「カスケード利用」とは、余すことなく資源を有効利用すること。
たとえば木を伐って、丸太を製材したら、残りを捨ててしまうのではなく「何か商品にできないかな?」と知恵を絞り、価値を生み出すということ。
木材ならば、太く頑丈な木は建物を作る構造材にしたり、細い木は垂木や土木資材になったり、木端は木質バイオマスボイラーの燃料にしたり。
下川では、こうして木端の一つまで、付加価値をつけて活用しています。
主に林産業の根幹を担う一番の稼ぎ頭は、建築用の木材や物流用材、また、いくつかの木をギュッとくっつけて一つの木材にした、集成材です。
木を加工する時に出るおが粉は、家畜用の敷料などに使われたりします。
また、特別な炉で炭化し、土壌改良剤や融雪剤として撒けるよう加工しています。
写真:河野涼(@ryoxxx71)
下川町のシンボルでもあるトドマツは、葉っぱを嗅ぐと、柑橘系のようなフレッシュな香りがします。
そのため、間伐材として切り倒された木々から枝葉を集め、エッセンシャルオイルも作っています。
もともとは森林組合で始まった精油づくり事業ですが、今は「株式会社フプの森」という民間企業が、精油だけでなく化粧水やルームフレングランスに加工して、販売しています。
写真:河野涼(@ryoxxx71)
下川町の森林組合では、円柱材や燻煙材に加工することはもちろん、炭、おがこ、木酢液(炭を作る時の煙を急激に冷やすことで生成される液体。殺菌・殺虫剤に使われる)などを作っています。
撮影:河野涼(@ryoxxx71)
木材を木炭に加工する際に出る煙は、燻煙材作りに役立てられます。
燻された木材は防腐・防虫効果があり、公園や街中の植木などに使われる資材や土木の現場で使われる木材として活用されます。
下川町には黒い木材で作られた建物がいくつかあるのですが、それらのほとんどは、下川町内で作られた燻煙材です。
「まちおこしセンター コモレビ」の様子(筆者撮影)
無駄になる部分を作らない、ゼロエミッションの林業を行う下川町。
仕組みだけでなく、高性能林業機械を導入するなど、現在も林業・林産業の最先端を走っているのです。
北海道のBBQには下川町産の炭が必須だった
さて突然ですが、北海道の夏といえばバーベキュー(ですよね?北海道在住の皆様!)。
大粒のホタテや安くて美味しいイカ、種類豊富な魚たち……。
夏が来ると、道民たちは「ようい、どん!」とばかりにバーベキューをしまくります。
静岡出身のわたしには、まったく馴染みのない風景です。
住宅の庭で、河原で、駐車場で、家族だったり友人同士だったりで、バーベキューをしているのです。
しかも、週に3回くらいするのも、珍しくないのだとか(立花調べ)。
地域の祭りやイベントでも、たいていバーベキューがおこなわれています。
写真:筆者撮影
道内各地でおこなわれている夏の風物詩ですが、約30年前、バーベキューで使われる木炭として、下川町産のカラマツ木炭が海水浴場やキャンプ場などで飛ぶように売れていました。
それくらい、炭作りが盛んにおこなわれていたのです。
当時はカラマツで炭を作ること自体が珍しく、かつカラマツ炭は火付きがよく、バーベキュー需要も相まって、飛ぶように売れたそうです。
また、カスケード利用のサイクルを生み出すうえで、炭はとても重要なプロダクトでした。
というのも、炭に使われているような細い間伐材は、利用価値も少なく手間もかかるため、山の中に放置されることが林業の通例。
何故、下川町ではわざわざ森から運搬してきて、炭に加工しているのでしょうか。
背景は、循環型森林経営がはじまった時と同様、自然災害がきっかけになっています。
撮影:河野涼(@ryoxxx71)
1981年10月、数十年育てた500ヘクタールのカラマツ林が、湿雪被害で壊滅。3億円規模の被害を受けました。
けれど、まだ使える部分をなんとか活用できないかと知恵を絞りに絞って生まれたのか、カラマツ炭の事業だったのです。
逆境の中で「使える木材なのに捨てるなんて、もったいない! 何かに使えないか?」と考えた結果生まれたカラマツ炭は、下川町の林業・林産業を立て直す、大きな起爆剤になりました。
間伐材を伐って森に放置し続けると、森が荒れる原因になったり、他の作業の邪魔になったりします。
間伐材を活用すれば、健やかな森を維持できる、というメリットもあるのです。
炭作りが活気づいたもう一つの理由は、下川町の山がなだらかで、車も奥まで入って行けるため、作業がしやすいから。
加工する工場も、森から車で約15分と近く、運搬コストが低く押さえられるのです。
下川町には半径1キロ以内に、森林組合の事務所や製材所だけでなく、商店や飲食店、住宅地などがコンパクトに集まっています。
開拓時、特に計画的に作られたわけではない(区画整理の意図が不明)なのですが、こうした町の構造も、下川町の産業の仕組みを支えているのです。
写真:河野涼(@ryoxxx71)
循環型森林経営のホント。未来に向けた挑戦とは
木材のカスケード利用以外にも、下川町が挑戦していることは、まだまだあります。
カスケード利用と同じくらい特徴的なのが「循環型森林経営」。
毎年一定量の、木を植えて育て伐採し、また植える、というサイクルを確立していることです。
(筆者撮影)
もともとは1953年に、国有林の払い下げを受け(町が国から森を買うこと)、町有林を広く確保しました。
けれど1954年、北海道史上に残る大規模な洞爺丸台風が、下川町を直撃。
めったに台風の被害に遭わない下川町ですが、この時はせっかく町のものになった森林のほとんどが壊滅的な被害を受けます。
その後、冷害や水害などにより、1956年には財政再建団体に。
財政的にはどん底だった下川でしたが、台風の暴風で倒れた木々を、そのままにしておくわけにはいきません。
そこで、1960年から40〜50ヘクタールと決められた広さの敷地内に木を植え、育てて伐採し、また植える……というサイクルを作り始めました。
これが、循環型森林経営のはじまりです。
さらに1994年から2003年の9年間の間にも、少しずつ国有林の払い下げを受け、町で管理・運営できる森を増やしていったのです。
下川の森からもっとも多く採れるトドマツは、50年育ててから伐採するというサイクル。
トドマツの他には、秋には黄色く紅葉するカラマツやアカエゾマツが植えられています。
(筆者撮影)
北海道林業の実情
この循環する森づくりがどれくらい先進的かということは、北海道全体の林業を見てみると分かります。
例えば、一世風靡した下川町の炭の素材であるカラマツは、下川以外の地域でも植っており、日本全体で見ても北海道が一番の生産地(*1)。
いま道内で太く育っているカラマツのほとんどは、60年ほど前、離農した人たちの畑に、いっぺんに植えられたものだといいます。
鉱山のトンネルを作るときに、土が崩れないように組む坑木として、カラマツが必要だったからです。
1950年代、農家さんがだんだんと減っていきつつも、鉱山で働く人はまだたくさんいました。
そのため「離農して畑が荒れるよりは、活用されるカラマツを植えた方が役に立つ」と考え、たくさんのカラマツが一斉に植えられました。
けれどエネルギー利用の変化で、鉱山は軒並み閉山&休山。
一方、畑に植えられたカラマツは、どんどん育ち、どんどん太くなる……という現象が起きます。
さらに、カラマツは、寒い冬の間のネズミたちの食糧になり、木が傷んでしまいます。
被害を解決するために、カラマツに代わってトドマツがたくさん植えられるようになりました。
こうして、北海道の森では、ある時期は大量のカラマツが伐採期を迎え、少し時期がずれてトドマツの伐採期が訪れる、という現象が起きるようになりました。
(筆者撮影)
これは北海道の、鉱山がある町ならほとんどどの地域でも起きていることだといいます。
下川町にも鉱山がありましたが、循環型森林経営の仕組みをスタートさせるのが早かったため、比較的樹種や樹齢のバランスが取れています。
適地適木の考え方で、多様な生態系を保てるように、いち早く森づくりに向き合い、植林や手入れを継続して行うことで、産業として持続的な資源を形作ったのでした。
日本屈指の広さの町有林。そこに隠された思い
そんな循環型森林経営がおこなわれている下川町の町有林は、4,688ヘクタール。
この森の広さは、実は日本でも指折りです。
日本の国土の11パーセントにあたる、283万ヘクタールが、都道府県や市町村で管理している森林です(ちなみに、日本の森の約60パーセントは、私有林。つまり、個人のものだそうです。それもすごい)。
日本の市町村は、ぜんぶで1,741市町村あり、自治体が管理する森林面積の平均値は、1,625ヘクタール。
日本の市町村有林の平均の、約3倍の広さの森を、下川町は管理していることになります。
町有林が多いということは、町全体が、林業・林産業に可能性を見出しているということでもあります。
確かに下川町民で、アンチ林業・林産業的な意見を言う人とは、出会ったことがありません。
もちろん、従事している人の割合が大きいからだとは思いますが、林業・林産業にまったく関わりのない人でも、森が好きだったり、下川町が林業に注力していることを応援していたり、前向きに考えている人が多い気がします。
そういう意味では、官民一体となった林業・林産業がおこなわれている、と言えるかもしれません。
参考
(*1) 「北海道カラマツの過去・現在・将来」データ参照
・森林・林業学習館ウェブサイト
・「北海道におけるトドマツ・カラマツ人工林の資源動態と径級別の素材生産可能量」(地独)北海道立総合研究機構 林業試験場 津田高明氏著
・下川町役場森林商工振興課資料
・下川森林組合取材